H∞制御理論のあらまし



 H∞制御は現代制御理論の中から生まれました.その現代制御理論(Modern Control theory)は1960年Kalmanによりはじめられたのですが,現代制御理論と言う用語は,後に付けられた名称であり,当時のKalmanの論文の題名は"On the General Theory of Control Systems"と非常にもの静かなものでした.この論文の本質的な価値は制御しようとするシステムが本当に制御できる対象であるかどうかを問いかけることから始め,その判断基準を数学的に定式化したことです(可制御性と呼びます).制御できないシステムを制御しようと努力しても無駄ですから極めて当然な考えになります.例えば,車のブレーキを作動させるアクチュエータと,それに信号を送るケーブルとが接続されていないようなシステムでは制御不可能となります.そのためにはシステム内部の状態を詳細に調査する必要があります.Kalmanは同時に可観測性という概念も導入しています.例えば,外気温と車室内温度で室内温度を制御しようとする場合,室内温度センサーの数値が読込めないようなシステム(不可観測)では空調制御は成立しません.システムにこれらの判断基準を適用するためには,システムを数式化しておく必要があります(内部状態の数式モデルの作成).しかしながら,複雑なシステムのモデル化は非常に難しく,どうしても簡単な線形なシステムの採用となることはしばしばです.いずれにしましても,このように制御対象であるシステムの内部状態を基に制御する方法が現代制御理論による制御と呼ばれています.一般に,複数の(制御信号用)入力とそれに対する結果となる出力(複数)の場合に前記のシステムの数学的モデルは行列で表現されます.

 Kalmanによる現代制御理論幕開けから20年後の1981年, G. Zamesは制御対象に存在する不確かさを積極的に考慮する制御を考察しています.いわゆるロバスト制御の始まりです.論文名は“Feedback and Optimal Sensitivity: Model Reference Transformations, Multiplicative Seminorms, and Approximate Inverses”です.ここでZamesは制御対象に関連する行列の大きさの定義としてH∞ノルムを使用したわけですが(HはHardy spaceの頭文字),この後,これを進展させた制御理論の名称はH∞制御となってしまいました. Zamesのこの論文はタイトルからしても察せられますが,バナッハ空間など関数空間に関する用語が多く数学的色彩が濃いものでした.

 さて,内部の状態をフィードバックして制御のための入力信号を決定する方法は行列型Riccati方程式が伴う方法となります(最適レギュレータ).このような理論がどんどんと発展していきます.

 そしてGloverとDoyle等は1984年以降Zamesの理論を展開する上で行列形式のRiccati型方程式をベースに具体的な制御器設計方法を考案しました.しかしながら,その理論の内容は全く釈然としないものでありました(少なくとも私には).一方で,日本では木村英紀教授が孤軍奮闘,理路整然とした形のH∞制御理論を構築していたのです.日本の制御理論のある先生が木村先生を「天才」と称していたことも知っております.

 因みに,トヨタ車の高級車(ランドクルーザー等)にはサスペンションにこのH∞制御を進化させた非線形H∞制御が使用されているようです.

 以下の1は木村先生の木村先生独自の方法によるH∞制御理論の書"Chain-Scattering Approach to H∞ Contorl"に対する私の書評です.今回,計測自動制御学会から許可(2013年7月19日)を得たので転載しました. また,2は木村先生の手法により導出されたH∞制御器とDoyleらの解との比較であり,練習問題のようなもので何ら新規性はありません.3は私たちが実機(燃料噴射装置)への応用を考えた,そのための準備的な研究です.川谷研究室(当時長岡技術科学大学,現福井大学)とZ社との共同研究で,川谷研の研究生の発表を聞いているときに思いついた解法です.                 ↓




















1. 書評:Chain-Scattering Approach to H∞ Contorl

2. 左既約分解型プラント変動に対するH∞ 制御器の導出

3. ループ整形設計手法の解集合における低次元制御器

4. 「木村英紀著J-Lossless Factorization にもとづくH∞制御」を読んで(2)



戻る