(本資料は昭和31年9月1日に出版されました千勝義重著「千勝神社案内」から引用しております.また,現在の茎崎に至るまでの歴史につきましては,千勝神社の由緒・沿革にあります.なお,文中丸括弧(・・)で記した読みは原典でつけられているルビであり, [・・]で記した読みは,便宜上今回つけた読みを表しています.)
現に茨城県下妻市大字坂井・・・もとの真壁郡大宝村大字坂井・・・に鎮座する千勝神社は,明治維新まで世間一般に千勝大明神と呼ばれ,明治以降は千勝神社,通俗には単に千勝さまと云はれ,祭神も千勝大神と云いならはしているが,本躰は猿田彦命なのである.而もその創始は極めて古く,今より千四百年前に祭られたと伝えられて居る.
千勝院内陣秘書の一として草創伝記の一巻が今も保存されて居るが,腐蝕して一寸読み難いけれど,大様左の如く判じられる(現代語訳).
502年 | 武烈天皇壬午の歳猿田彦命,白鶏に乗りて高地原(下妻市東古沢)に現る. |
7XX年 | 現在の下妻市坂井北部のお大日付近へ第一の遷座. |
940年 | 平将門の乱.この頃,当地は幸井郷もしくは境の郷と称された. |
1217年 | 親鸞上人の裏方恵信尼が千勝の社頭に陀居 |
1351年 | 現茨城県筑西市黒子(旧真壁郡関城町)に千妙寺建立 |
1426年 | 現下妻の千勝神社の地に第二の遷座. |
1648年 | 千妙寺から山号職事として慈眼山,院号職事として千勝院を与えられる. |
1664年 | 御本社勾欄の擬宝珠に寛文四年林鐘念八(6月28日)萱とあり.御本社修繕 |
1701年 | 宗源宣旨により正一位千勝大明神を与えられる. | 1721年 | 妙法蓮華経壱萬部供養塔の建立 |
1740年 | 千勝明神社付近の領地に関する絵図作成される. |
1940年 | 神楽殿建立 |
1964年 | 下妻市坂井から稲敷郡茎崎町(つくば市泊崎)に遷宮 |
2002年 | 鎮座千五百年記念挙行(下妻千勝神社にて) |